【福留茜さん個展】「めめんともらない」という思想。「死にたくない」と「死にたい」を決めなくていい言葉。

イベント

皆さんこんにちは。双六問屋です。
見に来てくださりありがとうございます。

今日見に行った絵画の個展が、ものすごく心に残ったのでブログに書いてみます。
明日で個展は終わりますが、これから先も気になる画家なのでここに記します。

写真撮影とアップロードの許可は、福留さんご本人にいただきました。ありがとうございました。

2022年6月25日追記
2022年9月に、大阪で福留さんの個展が開催されると発表がありました。
なんと!個展のタイトルは「めめんともらない」だそうです。お近くのかたはぜひ行ってみてはいかがでしょうか?

追記はここまでです。では、東京で行われた個展の感想の続きをどうぞ。

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福留茜さん 個展 情報

見に行った個展は福留茜さんの「君でシコれない」というタイトルの原画展です。

福留茜さん Twitterアカウントはこちら

福留茜さんInstagramアカウントはこちら

通販サイト SUZURIでもたくさんグッズを販売されています こちら

福留さんの作品はSNSでたくさん見ることができますが、実際の原画を見に行くことを強くおすすめしたいです。
理由①SNSでは絵がアップされているが、実際の原画にはその周りの部分(フチ)にも福留さんの言葉が書いてあった
理由②原画で見た時に伝わってくるパワーがすごい。(詳細は後述します)

会場
デザインフェスタギャラリー原宿 EAST301
会期
2022年6月9日(木)~6月12日(日) 最終日は11時から19時までだそうです。
入場料
無料。
支援したい方は、入り口近くのポストカードなどが置いてあるところに、募金箱のようなお金を入れる箱があるのでそちらにお金を入れることができます。
(これ、めちゃくちゃいいアイデアですね。応援したい人は黙って料金払えるの。無料の展覧会に全部置いてほしい)
入れた方は1枚ステッカーをもらえます。(色違いもありました。)

グッズや原画の販売もありました。福留さんと撮影することもできるそうです。

デザインフェスタギャラリー原宿への行き方は前回のブログにまとめましたのでよかったら見てみてください。

福留茜さんの個展に行ったきっかけ。衝撃のツイート画像

今朝、たまたまTwitterでまわってきたツイートがこちら。

「え、好きかも」と思い、こちらのアカウントを見てみると、このアカウントに載っている画像の言葉がことごとくいいんです。
どうやらこのアカウントの方自身の作品とわかりました。
このアカウントは、ある画家の別アカウントだとわかり、そこから福留さん本人のアカウントにたどり着きます。
私は失礼ながら今日初めて福留さんを知ったのですが、かなり人気がある画家の方でした。
そして今個展をやっていることがわかり、慌てて原宿まで見に行きました。

福留茜さん 個展 感想

めちゃくちゃ行ってよかったです。本当に出会えてよかった言葉と絵でした。
個展のタイトル「君でシコれない」からもわかるように性にまつわる表現も多いです。私はこれもすごく好き。
ただ、今回あまりにも良くて、感動して、絶対忘れないと思った作品があったので1つに絞って紹介します。
福留さんご自身のTwitterにもその作品がアップされていました。

「メメント・モリ」という言葉があります。

メメント・モリ: memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘るな」「死を忘ることなかれ」という意味の警句。芸術作品のモチーフとして広く使われる。

「メメント・モリ」(2022年6月11日)『ウィキペディア日本語版』


「死を想え」というフレーズと一緒に使われることも多い言葉です。
Mr.Childrenの歌にも「花-Memento-Mori-」というのがありました。
ガンジーの名言「明日死ぬと思って生きなさい 永遠に生きると思って学びなさい。」もメメント・モリの思想とつながっていると思います。

私、昔から「いつ死んでもいいって思ってる」ってわざわざ公言する人にすごい抵抗あったんですよ。
「嘘言うなよ」と思って。なんか一日一日を後悔しないようにやりたいことやってるって強調したくて言ってると思うんですけど。
絶対明日死ぬって決まったら嫌だって言うだろうに、なんで綺麗事抜かすんだろうと思っていました。

で、私は年を重ねて今アラフォーなんですが、
毎日毎日「人生って楽しい。まだまだ生きたい。人生の元まだ取れてない!」「今すぐに誰にも迷惑かけずに死にたい」の2つをいつもいつも思うんです。
いや、「死にたくない」「死にたい」の方が近いかも。
一日一回は誰にも聞こえないところで「死にたい」って言います。
周りが聞いたら悲しむことがわかってるから誰にも言わないし、ネットにも書きませんけど。

コロナ禍でこれまでの日常があっという間に崩れたり、身近にいた人が亡くなったりしました。
身近にいた人が亡くなって「ほんとに人って急に死ぬ。他人事じゃないな」って心底感じて今までしてこなかったことにも挑戦しました。新しいことが色々知れたので、この考え方が役立ったこともあります。
でも、新しいこと、勉強になること、楽しいこと、何をやっても結局、毎日毎日「死にたくない」「死にたい」は頭から離れないんです。黒いうっすらした霧が、ずっと、ずーーーと心の一部にかかっている。死への恐怖と憧れがずっと心の中でないまぜになっている感じ。

そして今日、見た福留さんの作品にはこう描かれていました。

死ぬのはわかってるけど、そんなの自覚して生きてくのも、だるい、
「明日、死ぬかも」より「明日、ピンポイントで死なんだろ」くらいの気持ちで生きていたい、めめんともらない 死ぬときは死ぬぜ

福留茜 「めめんともらない」

これ、見た瞬間「わあ・・・」と思って、その直後「そのとーーーーーり!!!」と思いました。久しぶりに黒い霧が減りました。霧はなくなりはしないけど、減るだけでもだいぶ視界が広くなる。
15年以上毎日「死にたくない」「死にたい」を繰り返していたのに、今日知った絵が気持ちを軽くしてくれるラッキーが起こるなんて。こんなのあるなら明日も生きたい。

一瞬先に死ぬかもしれないけど、今はとりあえず生きてる。死ぬ時は死ぬ。
この考えめちゃくちゃ知れてよかった。この心意気で生きたい。ていうか、生死について「だるい」とか言ってよかったんだ、がんじがらめに考えて苦しくなってることに気が付きました。

「めめんともらない」原画でしか見られない言葉

福留さんの絵はたくさんSNSでも発表されています。
今回は原画展なので、本物を生で見ることができます。
これが、「めめんともらない」の原画です。今日、私が撮影しました。
SNSには載せられていなかったフチの部分に言葉が書いてあります。

僕は僕の絵を描くしかない
「死とか関係なく行動したい」って描いて、続く言葉が「僕は僕の絵を描くしかない」。
めちゃくちゃ感動してしまった。(「うらないいったで」もあるけどそれはそれとして)

今日の朝知った画家の絵を見に行って、めちゃくちゃ感動させてもらった。
別に「明日死ぬかも」って考えて今日行ったわけじゃない。ただなんとなく行きたくていったらこんないいの見られてすごく嬉しい。楽しい。
今すぐ体にタトゥー入れないといけない状況だったら「めめんともらない」って入れたいくらい好きな言葉になりました。

最後におまけ スマホで見られる作品を、原画でみることの意味

今ってネットでいくらでも絵画を見ることはできますよね。原画を見る意味はあるのでしょうか?
あります。

スマホやパソコンは、機械そのものが発光して画像を見せていますよね。
後ろから光を当てられているような感じです。これを「透過光」と言います。
テレビも同じです。

対して、原画展の絵や印刷した写真は反射光で見ることになります。
「絵」や「写真」という物体になることで、太陽や電気などの反射した光があることで初めてそこに何があるかわかります。これは映画館のスクリーンに近いです。

画家は、絵を描く時、透過光と反射光どちらで見ているでしょうか。反射光ですね。
画家本人が見た絵を味わうには、原画が一番です。絵の具の厚みもわかりますし。

ちなみに、おぎやはぎの矢作さんはラジオ「めがねびいき」で「今まで、生で見た絵画で一番すごかったのはゴッホだな。あれ、全然違う」と興奮しながらお話されていました。

CDで音楽聴くのとライブで聴くのとでは迫力が違うように、絵画も原画を見ると感動もさらに大きいなと今回あらためて思いました。

福留茜さんの原画展は明日までですが、もしこれを読んで行ける方はぜひ行ってください。めちゃくちゃいいです。行けない方、これからもしどこかでやることになったらその機会をお見逃しなく。私もまた絶対行きます!


最後にもう一度、福留さん関連のアカウントを載せますので、ぜひ作品を見てみてください。

福留茜さん Twitterはこちら
福留茜さん Instagramはこちら
福留茜さん公式ホームページはこちら

ここまで読んでいただきありがとうございました。双六問屋でした。

明日すぐに福留茜さんの原画展に行きたくなった方はこちらをチェックすると便利です。

私が感動した写真展、夏目響さんも福留茜さんの個展に行っていたことを後で知りました。
夏目響さんの写真展についてのブログはこちらからどうぞ。

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